父の日に、父が倒れました。~現状と、心境と、これからと~
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ヲタク専門カウンセラー K!naCoです、こんにちは!
タイトルにもある通り、父の日に、父が倒れました。
救急で病院に搬送され、今は入院しております。
命に別状はなく、意識も戻っており、どうやらもう自分で歩けているようです。
ただ原因がはっきりしていないため、まだ先が見通せない状態ではあります。
突然のことで、わたしの方が精神的に参ってしまっていて、今後何かとご迷惑をおかけすることがあると思うのですが、予めご了承いただければ幸いです。
母は元気にしておりますし、その他親族にたくさん支えていただいております。
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父が倒れた時、家にはわたししかおらず、母は仕事へ出掛けていました。
突然の大きな物音、
倒れている父の姿、
荒い呼吸音、
辺りに漂う臭い、
混乱する頭であちこち電話を掛けて耳にした音、
近づいてくる救急車の音、
上手く締められない鍵、
なかなか出発しない救急車の車内、
心電図の音、
救急車に乗っている父の姿、
救急車で運ばれていくときの振動、
病院のロビーで待っている時間、
看護師さん達の話し声、
病室へ運ばれていく時の父の姿、
あらゆるものが、視覚、聴覚、触覚、嗅覚にまだ鮮明に残っていて、気を逸らしてないと今はまだフラッシュバックします。
フラッシュバックと共に色んな感情や感覚がわいてきて涙があふれてきます。
記憶は感情や感覚によって残ると言いますが、まさにそれだなーなんてことを思ったりもしています。
たらればな話ではありますが、父が倒れた時間、もしかしたら、わたしは居なかった可能性があるんですよね。
仙台へセミナーを受けに行くかどうか悩んで、結局行くのをやめたんです。
もしわたしが仙台へ行っていたら、家に父ひとりだったので、もしかしたら父は助かってなかったかもしれません。
なんか、こう、不思議なもので、然るべきタイミングで然るべきことが起こるようになっているんだなと実感している自分も居ます。
あと、やっぱりわたしは、第六感と言いますか、そういうものが鋭いんだなと。
何と言いますか、虫の知らせのようなものを感じていたので、驚きはさほどなく「やっぱりか」という思いがどこかにありました。
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当然ながら、色んな感情や感覚が動いたのですが「あぁ、これ、わたしがずっと感じてたものだな」ってなんだかちょっと懐かしさすら感じるものがありました。
何って、言語化するのは難しいんですが「わたしはやっぱり何もできない末っ子だな」との想いがあります。
いざという時に頼りになる姉と、気丈な母を前に、わたしに出来ることって何もないなと。
実際そんなことはないと頭では理解しますが、気持ちが追い付かず、それを受け入れることが今はまだ出来ません。
「あぁ、こうやって、わたしは鎧をつけてきたんだな」
「周りに気を遣うことで、弱い自分を隠してきたんだな」
「わたし、いつも、自分の気持ちを伝えて来なかったんだな」
「周りに気を遣うばかりで、自分がどうして欲しいとか自分の気持ちを言葉にしてこなかったな」
「察して欲しいなんて無理難題を提示して、勝手に怒ってたんだな」
「察してくれないっていつもここで殻にこもってたんだな」
「自分の体感覚も感情も全部ぜんぶ自分に詰め込んでたんだな」
「こんな弱い(と思う)自分をわたしはずっと責めて隠してたんだな」
「あぁ、わたしはこうやって、簡単に自分を明け渡してたんだな」
「自分を大切にするってこと、全然、わかってなかったな」
「こんなにも黒くて醜い自分がいるんだな」
「でも、どれもこれもそれも、全部、わたしなんだよなぁ」
なんて色んな”自分”を感じています。
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これから先の不安はまだありますが、わたしはあまりあれこれ考えず、ただ今に身を委ねておこうと思います。
その時々の自分にやれることをやっていこうかな、と思っております。
わたしのことなので、多少無理をすると言いますか、自分に嘘をつくようなこともやってしまうかもしれないのですが、そうならないためにも、こうしてブログでお知らせすることにしました。
どうしても気を遣ってしまうため、メッセージ等を頂いても、急用等でない限りはお返事いたしかねますこと、ご了承下さい。
温かいお言葉に応えられないのは大変心苦しいのですが、今はまだお返事できるほど、気持ちに余裕がないため、申し訳ございませんが、ご理解いただきますようお願い申し上げます。
セッションやイベント、セミナーなどカウンセラー活動に関するお問い合わせには対応いたしますので、何かございましたら、遠慮なくお問い合わせください。
ご心配やご迷惑等おかけいたしますが、どうぞ温かく見守っていただければ幸いです。
皆さん、いつもありがとうございます。
今ある日常をどうぞ大切にお過ごし下さい。
K!naCo - きなこ -